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高松高等裁判所 昭和26年(う)615号 判決

控訴人 被告人 山岡巖

弁護人 中沢良一

検察官 十河清行関与

主文

原判決を破棄する。

本件公訴は之を棄却する。

理由

弁護人中沢良一の控訴趣意は末尾添付の趣意書の通りである。

論旨第一点について。

記録を精査して検討するに、検察官は昭和二十五年八月十九日高知簡易裁判所に対し被告人に対する公職選挙法違反事件につき略式命令の請求を為し同裁判所は同年八月二十一日略式命令を為し該謄本は同年十一月十日被告人に送達せられこれに対し、同月十一日被告人より正式裁判の請求があつたので同日其旨検察官に通知が為されたこと、検察官は前記略式命令の請求が刑事訴訟法第二百七十一条第二項の規定によつて起訴の効力を失つたものとして昭和二十五年十一月十五日改めて被告人に対する同一事件について同一裁判所に公訴を提起して公判を請求し原審も亦之と同一見解のもとに後の公訴を受理し之に基いて審理判決をしたものであることを認めることができる。然れども略式手続は本来公判手続とは根本的に性格を異にし正式裁判の請求があつて通常の手続に移行する迄は起訴状謄本の送達を要しないものであるから(刑訴規則第二百九十二条参照)刑事訴訟法第二百七十一条第二項の二ケ月の起算日は略式手続が通常の手続に移行する段階即ち起訴状謄本の送達義務が発生する正式裁判請求の日と解するを相当とする。されば本件の場合に於てたとえ略式命令謄本の送達が為されたのが略式命令請求の日から二ケ月以上を経過しているとは云え該命令に対して正式裁判の請求のあつたのは昭和二十五年十一月十一日であるから法第二百七十一条第二項の二ケ月は同日から起算すべきである。

従つて後に公判請求のあつた昭和二十五年十一月十五日現在に於ては未だ略式命令請求によりなされた起訴はその効力を失つていなかつたものと云わなければならぬ。故に後に為された起訴は公訴提起のあつた事件について更に同一裁判所に公訴が提起された場合に該当するから原審は刑事訴訟法第三百三十八条第三号に拠つてその公訴を棄却すべきであるのに之をしないで後の公訴を不法に受理した上之に基いて裁判したから原判決は当然破棄せらるべきである。仍て論旨は理由があるから他の論旨の判断を省略し刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十八条第二号により原判決を破棄し同法第四百条但書によつて直に裁判することができるものと認め同法第三百三十八条第三号に則り主文のように判決する。

(裁判長判事 満田清四郎 判事 太田元 判事 大西信雄)

弁護人中沢良一の控訴趣意

第一点、原判決は公訴棄却の言渡をなすべき事案に対し有罪の判決を言渡した違法がある。即ち

本件は記録上明かな如く昭和二十五年八月十九日検事より被告人に対し公職選挙法違反として高知簡易裁判所に対し略式命令を請求せられ公訴の提起があつた事件と同一事件であり更に同一検事より同年十一月十五日同裁判所に重ねて公判請求がなされたものであつて所謂二重起訴に該当し刑訴第三三八条第三号に則り当然公訴を棄却すべき事件である。原判決は曩の略式命令請求による公訴は公訴提起の日から起算し二ケ月以内に被告人に対し起訴状の謄本が送達されず又これに代るべき略式命令の謄本も送達されていないから刑訴第二七一条第二項の規定によつて右公訴は公訴提起の日に遡つてその効力を失つたのであるからその後昭和二十五年十一月十五日提起された本件公訴は適法であると判示しているが右の如き略式命令請求による公訴提起が法律上何等の手続又は意思表示(形式的裁判)をなさずして当然無効であるとの見解は次の点に於て極めて失当である。

(一)刑訴第二七一条第二項が略式命令にも適用されるとの点に付て、刑訴第二七一条は第二編第三章「公判」に関する規定であり此の規定が第六編「略式手続」に当然適用又は準用さるべき明文の規定はない。又刑訴第二七一条第二項の文理解釈上からも略式命令の謄本は起訴状の謄本ではないので略式命令の謄本が二ケ月以内に送達されなかつたとしても之を起訴状の謄本が送達されない場合と同一に取扱わねばならぬ法的根拠はない。検察官は刑訴規則第一七六条第一六五条の規定により公訴提起と同時に起訴状の謄本を裁判所に提出する義務を有するが略式手続の場合は起訴と同時に起訴状の謄本を提出すべきではなく(規則第二八八条)正式裁判申立の通知を受けたとき起訴状の謄本を提出すべきことに定められている(規則第二九二条)ことから見ても正式裁判申立後起訴状の謄本が二ケ月以内に送達されない場合に初めて刑訴第二七一条第二項の規定を適用するならば格別本件の如く略式命令が起訴後二ケ月を過ぎて被告人に送達され被告人から正式裁判の申立があつた場合に規則第二九二条の起訴状の謄本を提出することなく(従つてその起訴状の謄本が被告人に二ケ月以内に送達されたか否を確めることなく)直ちに当初の公訴提起(略式請求)が遡つてその効力を失うと解すべき法的根拠はどこにもない。

法が第二七一条の規定を設け起訴状謄本の速かなる送達を要求しているのは憲法第三七条の保障する「迅速な公開裁判」を受けしめんとするのであり公判請求の場合は起訴状の謄本により被告人は初めて検察官の公訴事実の内容が判明するのであり、公訴事実を被告人に速に知らしめて之に対する防禦方法を講ぜしめんとするのがその目的であるが略式手続の場合は之と異り被告人にはその犯罪事実の内容が既に判明して居り而も検察官の求刑する罰金額迄も被告には知らされてあり(規則第二八八条)只罰金額の適否等に付て正式裁判によつて公判の裁判を求めんとするものであつて偶々略式命令の謄本の送達が遅れたからと云つて最初の公訴提起そのものまで無効にする必要はない。若し略式命令の送達が遅延した場合は規則第二九〇条に違反したものとして取扱わるべきであり(此の場合無効規定はない)刑訴第二七一条第二項を適用すべきものではない。

(二)略式命令請求による公訴提起が当然無効になるとの点に付て、仮りに百歩を譲り略式手続にも刑訴第二十一条第二項が適用されるとして略式命令請求による公訴提起が始にさかのぼつて効力を失つたものとした場合原判決摘示の如く何等の意思表示をまたずして公訴提起が当然無効になると解するのは失当である。刑事訴訟手続は国家の機関による公の而も国民の権利義務に重大なる関係を有する手続であり私法上の取引の如く当然無効の手続なるものは認められないとするのが我国従来の通説判例である。実質的には強行法規に違反して無効と見えるものでも形式的に一つの処分(手続)として存在する以上之を違法無効として公に宣言表明する迄は一応有効として取扱うべきものである。従つて本件の場合でも仮りに当初の略式手続がさかのぼつて無効になるとしても之を公に(対外的に)無効として宣言する迄は依然有効な公訴提起として裁判所に係属していると解すべきである。従つて本件略式手続による公訴提起が形式的にも効力を失つて裁判手続から消滅するためには刑訴第三三八条第四号に該当するものとして正式裁判申立(本正式裁判申立は適法になされ公判に係属している)に基く公判の審理を経て「公訴棄却」の判決を下さねばならないのは当然である。(滝川幸辰外二名共著、刑事訴訟法コンメンタール(日本評論社発行)第二七二頁(刑訴第二七一条解説)及第三三九頁「刑訴第三三八条解説)参照)このことは被告人が本件略式命令謄本送達後(公訴提起後約三ケ月目に送達)正式裁判の申立をなさずして認定罰金を納付した場合を考えれば一層明白である。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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